それも人生

友達が少ないのでひとりごとを言っている

ひとつきひきこもっていた

ひと月くらいひきこもっていたのを先日脱した。ひきこもっていると言ったってライブには行ってたじゃないか、ということだけど、学校に行かず、知り合いと会う予定を全部断っていた。チケットを取っていたライブとコンサートだけ行った。実家で生活していたので、外出した先で出くわした人と親としか会話していない。返していないLINEやメールもたくさんある。その辺はこれから少しずつリカバリしたい。


0時も過ぎたのに、勢いに任せてみかんを5個食べた。食べ過ぎている。一日に一つくらいで十分なんだろうと思うけど、美味しいので止まらない。今年のみかんは出来がいいらしいね。みかんが一区切りついたと思ったら、黒コショウのおかきをつまんでいる。こんな時間に変なもの食うなよ太るぞ、とか俯瞰で見て食欲をコントロールする気がわかない。


半年以上前にこういうブログを書いている。
nekonaritai.hatenablog.com


この時は、つらいのは就職活動などで他人の評価に晒されるせいだろう、と思っていた。しかし、それなりに納得できる結果で就職活動を終えたはずだが、生きづらさは改善されずにむしろ悪化しひと月寝込むに至ってしまった。一日20時間ぐらい寝て、起きている間はYoutubeのひげを抜く動画ばかり見ていた。キラキラと希望をもって生きている人間を見るのがつらかったので、ひげを抜く動画がちょうどよかった。まじで何もしたくなかった。


寝込むというのは、目が覚めてもさっぱり起き上がる気になれずに、布団の中で一日を終え二日を終え三日を終え、そろそろ頭がくさいなと思ってようやく風呂に行く、みたいな感じである。きっかけというものはなく、日々少しずつ自分をやるのがいやになっていった。もともと睡眠が下手くそだったのだけど、八時間寝て9時に学校で活動を開始しても13時くらいに眠気を感じ、15時ごろ昼寝をしに図書館にこもり1時間うとうとするけど、あまり目は冴えずにもう少しもう少しと眠り、日が暮れた19時ごろに研究室に戻るという日が何日かあって、心が折れた。


起きているときもなんとなく集中力がない。難しいことでもないのに、グダグダと時間をかけているうちにサンプルをダメにしている。こういう負に取り巻かれている間だったが、自分じゃない実験が失敗したと聞いたときには、斬新なアイディアを発して御礼を言われたこともあった。いつも冴えていないわけではない。ただ自分のことになると、もう何もよくわからない。タスクに優先順位を付ける気力、なんでもいいからとにかくこなしていくぞという気力がない。実験を数個片付けて、データを解析して、図にまとめパワーポイントをつくり発表への準備を進めねばならなかったが、全部やりたくなくて布団から出るのをやめた。ということである。


「やる気がなくても、手を付け始めたらノッてくる」とか、「やるべきことは5秒以内に始めればいいんだ。脳ってやつは5秒以上間が開くとやらなくていい言い訳を考え始めるんだ」とかいう言説があるが、やってる最中に「どうしよう…今やっている作業をやり遂げる気力が底をついてる…」と絶望しているので救いようがない。何も自分を後押しするものがない。そんな日々の中にいた自分のツイートを見返したら「手応えがない」と言っていた。生きているのか死んでいるのかよくわからない。ゾンビのようにただただ作業をしている。なんとか仕事をこなしても、達成感というものがどこにも見当たらない。常に達成すべきだったクオリティラインを下回っているな…という感じだ。


ひと月研究室からの連絡にも所属メンバーからのメッセージにも応えずひきこもった。寝足りないせいかとも思ったが、そんなこともなかった。ひと月寝込んでも無力感はいまいち軽減されず、落ち込み飽きたので何か変わるかなと思って先日ようやく学校に行った。結論を言うと何も変わらなかった。


指導教員と5時間くらい話したがとくに欲しい結論もなく、「一度精神科にかかることをお勧めするよ」と言われた。先生のことはめちゃくちゃ尊敬しているので、そのアドバイスには従いたいと思う。先生自身精神科で処方された睡眠薬を飲んで、毎日の出力を安定させているらしい。先生の場合は、大学教員として真っ当に仕事するイメージがありそれを実現させるために、専門家の力を借りたわけで、当方には理想の生活のイメージもくそもなくただこれじゃ不満だと座り込んでいるだけだ。単なるわがままである。精神科にかかったところでうまくいくかは分からない。「明日も来いよ」と言ってくれた次の日に登校したのが20時だったので、せめてもの誠意としてアドバイスを聞き入れたという事実が欲しいのが自分にとって大義である。まじで申し訳ない。


周りの環境にはまるで不満はない。普通に生活するのになんにも困難がない。ひと月ひきこもっていても責めない両親は、信じられないほど勤勉に働いているのでお金の心配もない。嫌な同期や先輩がいるわけでもない。ひと月さぼったせいで周りの人間にかなり迷惑をかけたが、誰からも何も言われていない。心が広いのか、飽きれているのかは知らない。研究テーマもかなり面白い。指導教員は大変に気を遣う方なので、研究も懇切丁寧に面倒を見てくれるし実験の意義や近い将来の希望的観測をこまめに解説してくれた上、論文投稿にむけての励ましなど、ありとあらゆる道筋を整えてくれている。というわけで、何か成果を出したところで、それは自分の努力や能力によるものではなく、言われたことをやったというだけなのだ。自分の脳みそで特別な発明をした瞬間がまるでない。ことがどうやらつらいらしい。


このかなりくそ恵まれた環境で、自分に特別なレゾンデートルを見出すには、求められた虚無の作業をこなした上でクリエイティビティを発揮しないといけないのだ。かなりの難題だ。ない気力を振り絞って虚無をやることも難しいのに。虚無の作業をこなす体力がない。虚無の作業の向こうにある、光を見出す想像力もない。すぐ自分の語彙で語るくせがあるけど「◯◯のために今がんばろう」の◯◯のことを光と呼んでいる。でも自分が求めているのは、自分の耕した畑で芽を出し葉が伸び花が咲き実を付けることなのだ。現状は何を植えるか考える気力もないし、とりあえず与えられた畑を耕すくらいはやったらいいのに、やる気が出ないよ、他の実をつけている畑を見るのも嫌だよ、と目をふさいでいる。土地だけは与えられている。くそ恵まれ野郎。


生活をサボっていると、あらゆるエネルギーに負ける。映画を観るのが趣味だったけどひきこもりだしてからは一度も観ていない。生活をやっているご褒美に見る娯楽だったので、生活をやっていないと罪悪感で集中できない。戦え、がんばれ、とかいう歌詞の曲も聞けない。明るいポップスも聞けない。あらゆる娯楽に身を浸すことを常としてきたのに、それすらもできないとなると自分とは果たしてどんな人物だったか?おぼろげになってくる。何一つ自分の中に確かなものがない。確かなものがないので、友人に会うのが申し訳なかった。友人たちに期待されることは、今までの自分にあった確かなもののうちの何かだと考え、それは提供できないだろうなと思って予定を断っていた。未読無視しているやつもある。ごめんなさいね…。


こうした状況は二年ほど前の学部の研究室でもやらかしている。そのときは研究室自体がまじでクソみたいな場所だったので、それに対する抗議の意味もあった。別に研究室の人間に嫌われても良かったし、なんの業績が上がらなくても良かった。いやいや研究室に行って、同じくらいクズなやつと一緒に肩を並べていやいやゴミみたいな論文を書いて適当に卒業した。締切の日に第一稿を出して誤字訂正だけされて提出した鬼クソゴミ論文である。


※当時「理系 研究室 行けない」とかで検索して人生しんどそうな人のブログを読んでいた。同じような状況の人が読むかもしれないので書いておくが、卒業論文はほんとに参加賞なので余程厳しい教授で無ければ、出せば大丈夫。聞くところによると母も卒論が間に合わなかったらしい。ひとまず卒業という形をとり、半年くらい働きながらラボに通って実験して学会発表とかもしたらしい。就職が決まっている人はそういう希望もある。進学の予定の人は二重学籍はできないので、最小労力で乗り切って次の場所で新たにスタートしよう。


というわけで前科があるし、超高待遇の環境を裏切っている分罪は重いし、贖罪にもより厳しい刑が課せられるだろう。誰もそんなこと言わないだろ、幻想のプレッシャーなんか感じて気が塞いでる暇があったら、求められたことを粛々とこなせばいいだろ、という声も上がってはおりますが。どこででしょうか。わたくし個人のなかでですが。一生付き合っていかなければいけない自分という乗り物の操縦方法を早く見出さねばならないのです。この乗り物でどこに行きたいのかどんなルートを通る予定なのか、何にも決まっていないのが問題かもしれない。もしくは運転するのが下手なのか、乗り物の調子が悪いのかは素人ゆえ分からないので専門家に教えを乞うべきでしょうね。


ああしんど。なにか進捗があったらまた書く予定です。アドバイスとかはまだ聞き入れられる気がしないので、今のとこいらないです。公約した通り、精神科にかかるというタスクをこなせたら美味しく焼肉でも食べたい。