それも人生

他の人間を口説いた言葉でわたしを口説かないでほしい

生きるのってしんどい 生活をサボらないでほしい、自分

生きづらいな、と思い始めてからもう3か月はたった。
精神科とか心療内科に行けばしかるべき診断が下るのだと思う。
正直そんな行動力もない。

もし病院にかかるまでにこぎつけても、なにを話せばいいか分からなくなってしまいそうなので、とりあえず現状をまとめておく。

 

 

まず一つ目、ずっと疲れが取れない。
睡眠をとるのがへたくそすぎる。
今週の睡眠を例に挙げる。

3/4 05:00~10:00睡眠 (5h)
3/5 仮眠をとりつつ移動 06:00~10:00、
  11:00~13:00睡眠 (2h)
3/6 06:00~11:00 (5h)
3/7 08:00~14:00 (8h)
3/9 02:00~06:30 (4.5h)
3/10 03:00~15:00 (12h)
これで今に至る。たぶん寝るのは6時くらいになるだろう。

自分で書いてひいている。
生活リズムなど存在しない。
私は学生なので、こんな生活でも一応の社会性を失わずに生きている。
しかし学生とはいえ、責任を果たさねばならない仕事もあり、その仕事に差し障りが出ているから困っている。

人生において生活リズムが存在していた記憶がないので、もともと苦手な体質なのだと思う。
就学前の時点で親が寝静まってから起きだして暗闇でおままごとなどしていたために、保育園に起きるのが辛かった。
小学校に上がると夜中1時~3時にお絵かきをするのが楽しくて仕方なかったので、授業中眠かったのも覚えている。

結構寝ていると思っていたけど、書き出してみると寝すぎている日は意外とあんまりない。

3/7の8時間寝た日も、登校してから眠くてうとうとしながら作業をこなしていてつらかった。
こんなに寝ても眠いなんてなんかおかしいんじゃないかと思ったけど、
毎日安定した睡眠時間をとってからの判断でいいのかどうなのか。

次にいつ目覚めるのかわからないから、眠るのが少し怖い。
目覚ましをかけても、寝起きの頭ではその時間に起きなければいけない理由が思い出せない。
たいていの場合、目が覚めたからと言って起き上がろうと思えないのだ。

 

2点目は、日中眠すぎること。

眠い時と満腹すぎる時と飲酒した時は、物事の優先順位を決めることができなくなるし、頭悪くなるな…と思っているのだが、
その状態がここ3か月くらい続いている、ような気がしている。

今まで1週間もあれば片付けられた仕事が1か月たっても終わっていない。
このままでは信用を無くすんだろうな、その恐怖に駆られていることが一番ストレスになっている。

スケジュールが詰まりすぎてしんどい。と常に感じている。
冷静な頭で考えれば、
そんなに詰まってないし、毎日コツコツこなせば決して無理な仕事量ではない。のだろう。

現状、登校して、何から手をつけていいのかわからないことに途方に暮れる。
ちょっと前だったら難なく2時間でこなせた仕事が4時間たっても終わらなくて落ち込む。
4時間かかる理由はさっぱり頭がさえないこと。
ちょっと面倒なトラブルが起きると、思考を停止してしまう。
以前は、そういう時は帰って寝よう!明日やろう!と思えたのだが、
今は明日に引き伸ばしても、次の日も頭がさえていないことが多い。
引き伸ばし続けられないから冴えない頭でとりあえずぼちぼちやっていくが、そんなときは本当に眠い。
取り掛かるとやる気が出てきて、やり遂げられるよ!というソリューションを提示されることもあるが、
登校して作業にとりかかりはじめても眠いし、例えば洗い物の泡を流しながら船をこぐということを何度かやると自分の身体に信用が持てない。

半年前はもう少し冴えていたような気がする。
まじでやばい時は徹夜しても頭は冴えたまま仕事仕上げて乗り切った気がするのにな。
求めている仕事のレベルが上がっているか、老化かもしれない。

いずれにせよ、このままでは仕事がこなせなくて困っている。
こなせていることになっているのだとしても、こんなに精神すり減らす状態は持続可能ではないと思う。
いつか取り返しのつかないミスを犯してしまう。

 

おもな症状は、上記二点。
一つに集約されるかもしれないが、その辺を考え抜いて校正する余裕がない。
とりあえず、こんな感じで無理のない範囲の出力でやり過ごしている状況だ。
そろそろなにかをやりぬいたという確信が、自分への信用が欲しい。

 

ここから、自分が思うことを思いつくままにとりとめなく書き残す。


自分はもともとこんな感じだったんじゃないかと思ったけど、
夏のツイートを見返すと「ちょっと忙しいけど、自分の選んだ道だし、頑張れば頑張るほど自己肯定感に満ちている…!周りの人にも恵まれているしサイコー!」的なことを言っていた。
今はとてもそんな気持ちではない。
そんなこと言っていた自分のメンタルが恋しい。
気持ちもその都度セーブして、任意の時に読み込めたら楽になるのにな。

 

別に毎日の作業がつまらないわけではない、すごい面白いものだし、
ここで結果を残してやろうという野心もある。
辛いことといえば、ぼちぼち進路を決めなくてはならないことだ。
就活というものをしなくてはならない。
毎朝決まった時間に起きて仕事をする大人にならなくてはいけなそうだ。
しなくてもいいんだよ、という人間もいるが、レールから外れても生き抜いていけるほどの才能は私にはないのだ。

 

いつかは外れてやろうと思うが、今はそんなリスクをとっている余裕がない。
ぼんやりした頭で決断していいことではないと思う。
自分の人生を自分で引き受ける力をつけて、冷静な頭で生きたい。

 

一種、決断を先延ばしにしているだけかもしれない。
私の人生いつもそうだった。
考えつく範囲で、最大の可能性が残るように進路をとってきただけだったのだ。
いよいよ決めなくてはいけなくなって、あまりに選択肢が多くて、突出した能力も身に着けてこれなかったために、選べない自分に嫌気がさしているがゆえの症状かもしれない。

 

就活が終われば、ぼんやりした頭は晴れるかもしれない。
ただ、願った結果ではなかったときには、また自分を責めて生きづらさは増すだろうなと今から憂鬱になっている。
ぼんやりした頭なので、冴えた頭の時に考えていた志向に従って冴えた自分が就活している設定で活動しているけど、これで正しいのだろうか。
とか考えていると自我とはなんだ…?と横道に逸れていつの間にか眠っている。

 


眠い以外の鬱的症状は、容姿に構わなくなったこと、あまり仲良くない人間と余暇を過ごすしんどさが増した。
化粧を全然しなくなって、体重が3㎏くらい増えてブスな感じで安定した。
つまらん人間からの誘いも、以前はつまらん人間の価値観殴りに行くぞという気概を持ってこなしたりしていて楽しかったな。


やりたいことはいっぱいあって、全然死にたくはない。
絵とか音楽とか服とか作ったりしたいな、と思っているし、
本も漫画も読みたいのがたくさんあるし、映画もたくさん見たい。
出かけたいところもたくさんある。

 

何が辛いかって、とにかく社会不適応で自分で生きていける実感がないところなのだと考えている。
自分は一生懸命考えて冴えた頭で世の中に配慮して、ようやく普通の人間として生きてもいい価値に及ぶという自己評価だ。
それは前々から思っているところだった。
だからこそ、普通の人間として普通の仕事をして資本主義社会を支える人間としての役割を果たして、対価をもらって生活して、その隙間でやりたいことやって満足していこうと思っていたのに。
普通の人間のふりの維持がしんどくなってしまったら困るのだ。

 

書いていけば何かまとまるかもしれないと思ったが、変わらなかった。
体調は基本的には健康だし、顔色も悪くないし、やたらネガティブで自己評価が低いだけで、全然問題はないのかもしれない。
ちゃんと計画的に仕事をやりなさいよってことだけで、つらい症状は悲観的すぎる思い過ごしかもしれない。
病院には行ってみたいなと思う。
結局は自分の苦しみの輪郭がつかめていないので、何を話していいかわからないけど。

 

もう3月11日になってしまった。
あの日からもう7年、わたしも自分の人生に精一杯だけじゃなくて
誰かの救いになるかもしれない存在になりたいのだ。

 

とにかく普通の人間のふりをさぼらないでくれ自分、頼む。
何か変化があったら書き残したい。